9月10日頃になると、思い出すこと


二十歳前後の頃の事です。

青春18切符の一回分が余っていたのを貰ったか何かで、
目的も無く、一日中、JRに乗っていたことがあった。
山陽方面をガタゴトしたように憶えている。

その道中。

ぼんやり車窓風景を眺めていると、
隣の席から武骨な手が伸びてきて、
「飴をいかがですか?」と猫なで声で言われました。
見ると、70過ぎと思われるお爺さん。

私が「甘いものは苦手だから」と断って、また車窓に目を戻すと、
カバンをゴソゴゾさせて、

「じゃあゆで卵をどうぞ。塩もあるし」

もうこっちが食べるものと決め付けて、殻をむき始めそうな様子である。
アルミホイルの小さな包みを開けて、塩の準備も出来ている。
これには困った。

「ゆで卵も苦手」だと断ろうかと彼の顔を見たが、
私が何かを貰うのはすでに決まっていると確信した宗教者的笑顔だった。
断ったら、次にはカバンからオロナミンCでも出してきそうな気もする。

・・・仕方ない

あれほど喉を通りにくかったゆで卵は初めて。
そして、それから延々と彼の話が続いたのです。
あたしゃ終点までその電車に乗る必要があったので、
逃げ出すこともできずに大変でした。



そう言えば、最近は、競馬場や場外で、
ゆで卵を食べてるオッサンを見かけなくなりました。
この場合、「ゆで卵」より、「にぬき」とした方が相応しいかな。
関西ですからね。
以前は、競馬場の売店で売ってたし(今でもあったっけ?)。

あれは、卵が貴重だった頃の栄養信仰の名残だったんでしょうね。



ところで、常に飴(ちゃん)を携帯し、
時には見ず知らずの人に進呈するというのは、
大阪のおばちゃんの現代伝説である。
実際、そういう場面に遭遇することもある。

ほとんどお断りするのだが、上記の体験がトラウマになっていて、
頭の中をよぎるものがある。

「じゃあゆで卵・・・」

幸いなことに、あれ以来、妖怪ゆで卵には遭遇していない。

こちらが断った際、
「あっ、そう」と笑顔のままで手を引っ込めるおばちゃんを見ると、
いい人でよかったとつくづく思うのです。