熊本地震から2週間、宝塚にて思う



◎だらだらと長い文章です。


◎今から3年前、2013年4月13日の早朝、
淡路島を震源とする最大震度6弱地震があり、
我が宝塚市もまあまあ揺れました。

諸説あるようですが、
1995年の大震災の余震とする意見もあって、
かなりビックリしたのを覚えています。

熊本地震も終息傾向にあると見えるけど、
20年近くたった時点でも余震はあり得ると思うと、
つくづく地震はコワイとしか言いようがない。


◎そんな熊本地震の状況をネットでチェックしていると、
取材するマスコミさんが現地でトラブル、
なんてネット記事が散見された。

まあ、ネットには、
テレビの不手際や失態を揶揄する記事が載りがちだし、
実際の現場での雰囲気は私にはわからない。

思い返すに、阪神大震災の時も、
押し寄せるマスコミにウンザリという空気はあった。

当時、ネットが今ほど発達していたら、
どんな事が書かれていたんだろう?
関西人は言いたい事は言うタイプが多いし、
収拾がつかなくなった可能性もありそう。

ところが、なのである。
我が町宝塚市は、
お隣りの西宮市や神戸市ほどの大被害では無かったため、
それほどマスコミは来なかった。

だから、例えば神戸の避難所で辟易された取材者が、
宝塚市にやって来ると逆に喜ばれた、
と話を聞いたことがある。

「向こうばかり行かんと、こっちでも話を聞いてくれ!」と。

今回の熊本の震災でも、
ちゃんとまんべんなく取材はされているのでしょうや?


阪神淡路の震災から21年たったが、
当時のテレビ・ラジオや新聞などの取材者で、
被災者の今をずっと追いかけている方がいらっしゃる。

全国に伝わっているかどうかは知らないが、
関西に住んでいると、
あの震災の取材は終わってないと分かる。

単なる「取材する側」「取材される側」の関係を越え、
人間同士の付き合いを通じて、
震災が、一人の人間、一つの家族、
一つの地域に及ぼす影響を、丁寧に伝えてくれるのだ。

押し寄せるマスコミ取材者の中には、
そんな立派な仕事をなす本物のプロもいる。

今回の熊本の被災者さんたちも、
一過性の連中は軽くあしらうとして、
やる気のある取材者とはとことん付き合って、
育ててやるくらいの態度があって欲しい。

それが長い目では地域の、いや日本の財産になる。

特に、こう言う場合は、
地元メディアの大切さを痛感されます。
経済の低迷や合理化で切り捨てられ過ぎてはいないかな?


◎しつこく、阪神淡路からの話題で申し訳ない。

あの時、被災者に対し「頑張れ」は厳禁とされた。
既にこれ以上頑張る余地が無い程に頑張っている方に、
「頑張れ!」と言うのは無神経。

言葉の裏に、
「まだアンタの頑張りは足らないよ」とある感じ。

今回も、
モンスター余震に極限まで痛めつけられている方に、
更に「ガンバレ!」とは、とても口に出来ません。

ところが、とある熊本出身のお方のブログに、
こう書かれてあった。

「がんばれ くまモン

どうなんでしょう?

被災された方々が実際にどう感じるか私に判定は出来ないが、
これは「あり」なんじゃない?

それこそが、ゆるキャラの真価なんじゃない?

基本的に、「頑張れ」は良い言葉なのである。
9割以上は善意で出来ている。
そこにちょっぴり無神経さが混入されていて、
状況によっては使えない言葉になってしまう。

被災者に直接「がんばれ」はご法度としても、
くまモンに対しては「あり」なのだとしたら、
使いたいなって私は思うのです。


◎先週末、近くのスーパーに立ち寄ると、
熊本県産のトマトがたくさん売られていました。

「被災地支援」とかではなく、普通に。
物流は、もうずいぶんと回復しているようだ。

「がんばれ くまモン」も、もし駄目なのだとしたら、
私は声高に「がんばれ 熊本トマト!」と言いましょう。

こんな時にも、美味なる物を、健康の元を、
本当にどうも有り難うございます、と。