「花の一字」(北条固水『一夜船』より)

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高田衛編著「大坂怪談集」です。
いろんな古い怪談等が紹介されています。

正直、退屈な話が多かったですが、
いくつか拾い物と呼べる短編もありました。


  近世初期の歌人国学者の「長嘯子」という人の話。

  彼が、灯火の側で書物を広げていると、
  窓から恐ろしく毛の生えた手が入ってきて、顔を撫でた。

  けれども彼は少しも驚かず、
  その手のひらに「花」と朱筆で書いて、読書を続けた。

  その夜の明け方、窓の外で泣き叫ぶ声が。
  窓から先ほどの手を差し出し、

  「お書きになった花の字を落として下さい。
   私はこのあたりに住む年老いた狸です。
   間違って学者にいたずらをして、文字を書き付けられ、
   これを落とす方法を知らず、
   帰る道が分からなくなってしまいました。
   夜が明けると、きっと人が見つけて、私を殺すでしょう。
   悲しみのやり場もありません、御慈悲で落として下さい」

  と、嘆くので、
  可哀想に思い、すずりの水で文字を洗ってやると、

  「ありがたや」

  と、言って消え去った。

  その後、狸は夜ごとに花を四季に絶やすことなく持ってきた。
  窓からやって来て、そして帰っていく。

  いつの頃からか、狸は急に来なくなった。
  彼は不憫に思い、『狸の言葉』という一小冊を作ったのだとか。


大阪の怪談と言うと、
歯に青海苔を付けた幽霊が出てきて
「オンドレ、ワレ、何してけつかる」と言うのでは、
との先入観をお持ちの方もあるかと思いますが、
決してそんな事はございません。

これなんか発想が秀逸で、情緒に富んでいて、
なかなかの物だと思いませんか?
これが大坂でんがな。

ただ、歌人の長嘯子さん、ちょっとミスっちゃいましたかね。
私だったら、その毛むくじゃらの手に「金」と書くな。
そしたら夜ごとに狸が金を絶やすことなく持ってくる。いひひ