私の見たポルノ映画⑤
90年代中頃に、数本のポルノ映画を見た事について、
延々と記事を作ってきました。
書いていて少々、いやかなり苦しいのは、
わずか数本見ただけなのに、
一般論として語るのが妥当なのかどうか、という点があるから。
まあ微弱ブログの記事なので、
頓珍漢な部分は許してくださいとするしかない。
で、前回から、痴漢映画について書いているが、
私が見たのは一本と三分の一(つまり途中から)。
そのどちらもが、「痴漢」電車映画であるのと同時に、
「スリ」映画でもありました。
これを知ったとき、私は内心「ナルホド!」と叫んだのです。
前回、痴漢行為には人間関係が生じにくいから、
ストーリーのある映画にするのは難しいと書きました。
この問題点を一挙に解決する要素が、「スリ」なのです。
美人スリが、満員通勤電車に乗り込みます。
彼女を思わず触ってしまう男たちがいる。
彼女は、思うがままに触らせておいて、
自分自身や、仲間を使って、
痴漢中で無防備になっているアホな男から掏る。
主演男優から主演女優が掏り取った物の中には、
重大な機密文書が含まれていて、
会社に着いた男優は驚愕します。
電車で触った女に掏られたのだと気が付くのだが、
警察に届ける訳には行かない。
自力で探すしかないのだが、顔を見ていない。
分かっているのは、彼女のお尻の感覚だけ!!
もう電車に乗りまくって、痴漢しまくるしかない!!!!
追いつ追われつ、楽しさ満載のストーリーが始まります。
見ていてエロ気分が高まるというより、
コミカルなエンターテインメント作品なのです。
全ての痴漢電車映画が同じかどうかは知りませんけどね。
私としては、数本続けてポルノ映画を見て、
初めてこれに満足しました。
それは、監督の才気というより、
伝統の大船に乗った定番の強さに思えました。
ポルノ映画には、AVには絶対に出せない良さがあることを、
見せ付けられたような気がします。
でもそんな良さが、公にはまったく評価されていない。
なんと悲しい事だろう。
次が最終回ですねん
延々と記事を作ってきました。
書いていて少々、いやかなり苦しいのは、
わずか数本見ただけなのに、
一般論として語るのが妥当なのかどうか、という点があるから。
まあ微弱ブログの記事なので、
頓珍漢な部分は許してくださいとするしかない。
で、前回から、痴漢映画について書いているが、
私が見たのは一本と三分の一(つまり途中から)。
そのどちらもが、「痴漢」電車映画であるのと同時に、
「スリ」映画でもありました。
これを知ったとき、私は内心「ナルホド!」と叫んだのです。
前回、痴漢行為には人間関係が生じにくいから、
ストーリーのある映画にするのは難しいと書きました。
この問題点を一挙に解決する要素が、「スリ」なのです。
美人スリが、満員通勤電車に乗り込みます。
彼女を思わず触ってしまう男たちがいる。
彼女は、思うがままに触らせておいて、
自分自身や、仲間を使って、
痴漢中で無防備になっているアホな男から掏る。
主演男優から主演女優が掏り取った物の中には、
重大な機密文書が含まれていて、
会社に着いた男優は驚愕します。
電車で触った女に掏られたのだと気が付くのだが、
警察に届ける訳には行かない。
自力で探すしかないのだが、顔を見ていない。
分かっているのは、彼女のお尻の感覚だけ!!
もう電車に乗りまくって、痴漢しまくるしかない!!!!
追いつ追われつ、楽しさ満載のストーリーが始まります。
見ていてエロ気分が高まるというより、
コミカルなエンターテインメント作品なのです。
全ての痴漢電車映画が同じかどうかは知りませんけどね。
私としては、数本続けてポルノ映画を見て、
初めてこれに満足しました。
それは、監督の才気というより、
伝統の大船に乗った定番の強さに思えました。
ポルノ映画には、AVには絶対に出せない良さがあることを、
見せ付けられたような気がします。
でもそんな良さが、公にはまったく評価されていない。
なんと悲しい事だろう。
次が最終回ですねん