麻生玲子「野の花と暮らす」

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図書館で何気なく借りてきた一冊。

故郷である大分県の長湯に戻り、
自然の中で暮らした経験を中心としたフォトエッセーです。

プロの文章家でも写真家でもないようですが、
日常生活だけでなく、思い出ばなしもからめ、
身近な愛しい花などが素直に優しい目で紹介されていて、
なかなか好ましい一冊になっていました。
著者は、お孫さんもいらっしゃる(海外にも)年齢の方です。

この手の本をぼんやり読むのが好きな私は、
好きな分だけ大して期待もせずに手にしました。
が、読むうちに暖かい物が胸に沁み込んで来ました。
嬉しい誤算と言っては失礼なのでしょうけど。
単なる花の知識の披露に終わらず、
生きること、暮らすこと、がさり気なく書かれているのです。
手にして良かったなとしみじみ思いました。

特に心に残った部分を引用させてもらいます。
引用ってあまり好きではないのですが、ここはせざるを得ません。


子供のころの通学路は往復八キロの道のりがあった。
そのうえ野峠を一つと山を一つ越すのだから、
小学校に入学した当初は通学するだけでも大変だった。
寒い冬の朝、大人たちは焚き火をして、
待ち合わせの子供たちを暖めてくれた。
全員が揃ったところで焚き火の中から焼けた小石が拾い出され、
紙に包んで一人に一個が渡される。
懐炉代わりの小石は、ポケットの中で凍えた手を暖めてくれた。


今はなき、とっても素敵な情景の素敵な文章です。
戦時中のエピソードだと思うのですが、
地域の子供たちに対する労わりと期待とが伝わってきます。
小石の暖かさが、時空を越え、こちらの心をも暖めてくれました。

主として花に関するエッセーなのに、
関係ない部分だけを引用してしまって申し訳ないですけど。


ずっと読み進めて、著者に対する好感と共感を覚えたところに、
とても悲しい「あとがき」があります。

「人生とは思いどおりにならないものですね。」

生き物は命があるからこそ美しい。
知識として分かっているつもりなんですけど、やはり・・・