赤松弘一著「ひょうご身近な自然発見記」

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だいぶ以前に紹介した盛口満氏の本と似ていて、
身近な自然を、自分で観察し、スケッチし、
分かりやすく私たちに紹介してくれる本です。

著者は、中学教師であるが、アマチュア自然観察家と呼べるだろう。

マチュアの方が、土地に密着した長期的な観察に適していて、
大学等の専門の先生とは趣の異なった、
興味深い知識を持っていることが多い。
でも、そんな記録に私たちが触れる機会は少なく、
この様に出版物になっているのは、とても有り難い。

寝しなにパラパラとメージを捲り、
丁寧に描かれたスケッチを眺めるのは、なかなかよい時間で、
「ふんふん」と頷きながら読ませてもらった。

こういう本、大好きです。

内容は網羅的で、
盛口氏のように進化論等の生物学まで深めることは無く、
日常的に気が付いた自然がそのまま紹介されている。

大発見は無いけれど、小さくて暖かい発見が溢れている。

読んでいて気付いたのだが、これは「ブログ的」だ。





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彼のようなアマチュア自然観察家の知識は、
仲間内で共有されたり、ささやかな雑誌・会報等で交換される程度で、
一般の目に触れる機会は多くなかった。

しかし、今はネットという便利な場に、
数多くのアマチュアの観察記録が溢れている。

マチュアとは言っても、
プロ顔負けの知識・撮影などの技術を持たれている方が多い。
また、プロの研究者の記録より、
愛情やユーモアの要素が強く加味されているので、
親しみを持って接することが出来る。
ネットの最大の武器である双方向性も、
情報交換やチェックに威力を発揮していて、
内容に発展性を与えているように思う。

これらはかなり貴重な資料であるはずだ。
大袈裟かもしれないが、国宝級の価値と私は言いたい。

だって、未来の生物好きを想像してほしい。
今私たちが普通に出会える生き物にも、将来絶滅する種があるだろう。
そんな二度と見ることの出来ない生き物が、
百年前のブログで紹介されているのを読んだら、
どれほど感激し、役に立つだろう。

逆に言えば、江戸時代からネットがあって、
物好きがカワウソ情報を残していてくれたらな、と思ったりもする。

司馬遼太郎が書いていたが、
江戸期の日本には、世界でも稀なほどの数の日記が残っているとか。
それでも江戸時代の日本が細部まで分かっているとは言えない。

明治、大正、昭和と、出版文化が発展し、
数多くの書物が未来に残るようになったが、
ネット時代以前と以後では、その量の厚みは格段に違う。

細かな観察と、記録と、情報の共有が重要な生物学の世界で、
ネット上の素人情報の量の厚みは国宝級の威力を発揮すると思うのだ。
(情報の選択と整理が困難なことは認めざるを得ないけど)




本の紹介と言うより、
ネットでの自然観察記録の重要性への思いの吐露になってしまった。
まあ、よかろ。