海外で警察に叱られるということ

今、タイでは空港騒動が問題になっている。

その騒動とは何の関係もない思い出ばなしでも書いてみることにした。
あの国で二回ほど、ケーカンに叱られた、との話である。
どちらも、二十代前半の頃、バックパッカーもどきをやってました。

一度は、とある田舎町の外れでのこと。

私のほんの目の前で、バイクと人の接触事故が起きたのである。
事故の目撃者は、どうやら私一人だけ。
すぐに人だかりがして、警察官もやってきたので、
旅行者である私はこっそりと場を離れようとしたら、呼び止められた。

私がタイ語を全く話せない外国人だと彼が気付くまで、
かなり語調厳しくまくし立てられた。



二度目も、似たようなケースなのだが、
こっちはかなり珍しい経験だと思う。

首都バンコクの住宅地を、ぶらぶら歩いていた時のこと。

大きな道路の歩道を歩いていると、
我が進行方向に人だかりがしているのである。
そこは学校らしき塀が続いている場所で、
校門の辺りに特にたくさんの人が集まっていた。

何が起こっているのか分からないけど、
これでは私は前に進めない。

そこには歩道橋があった。
向こう側の歩道には人だかりはない。

結果的に、ここを登ったのが騒動の元になった。

階段の半分くらいに達したとき。
後ろから何か声がしていたような気はするのだが、
分からないから無視して登って行ったのである。

突然、背中のリュックを掴まれ、
一番下まで力づくで引きずり落とされた。
振り向くこともできずに、足はもつれたまんまで。
まあ、よくあれで怪我をしなかったものだ。
足をくじくこともなかった。若かったんだなあ。

一瞬、暴漢にでもやられたかと思ったのだが、
振り返ると自分と同じくらいの年齢の警官が、
真っ赤な顔をして私をなじり始めた。

怒りたいのはこっちなんだけど、
あまりの剣幕に私はポカンとするしかない。
どれくらいの間、厳しい叱責を聞いていたんだろうか。
ようやくその警官も、私がタイ語を全く分からないと気付いてくれ、
実にバツの悪そうな顔つきに変わった。

私の方から英語で話しかけたのだが、通じない。
周囲の人たちも、誰も通訳はしてくれない。
一瞬、周りは妙な雰囲気になってしまった。

と、校門辺りの人ごみから小さな歓声が上がった。

すると我が目の前の若き警官は、「よし決めた」とばかりに目つきを変え、
こっちに来いと手振りをする。
人ごみを掻き分けて連れて行かれた先は、群衆の一番前。
「ここに立っていろ」と身振りで指示し、
厳しい表情で警護の姿勢を決めて我が横に立った。

間もなく学校の中からバイクやらの先導に続いて、
とても立派な黒塗りの高級車がゆっくりと出てきた。
私の後ろの観衆から大きな歓声があがる。

車の中を見ると、プミポン国王だった。

なるほどねえ、だから叱られたのかと納得。
国王が今まさに通ろうという道路の歩道橋を渡ろうとしてたんだ。
日本でも、不敬罪があったころは、
天皇が乗っている車を二階から見たらいけないなんて話があったらしいし。
でも、外国人の旅行者には分からんよ。

車が去った後、横にいるあの警官に「キング?」と言うと、
彼は実にいい笑顔でうなずいた。

考えてみれば、私は彼のおかげで、
特等席から拝むことができたのである。
ずっと待っていたタイの人たちの前で見れたんだから。

「どうもありがとう」

さっき鬼のような顔で怒鳴っていたのに、
微笑みの国の真骨頂のような顔でした。