懐かしき神戸の香り



◎小学生の頃、私は関東から兵庫県阪神間に越して来た。
1970年代の後半である。
神戸三宮までは、電車で30分の距離。

当時、三宮、元町、北野、摩耶山など、
親に連れて行ってもらった記憶は、
楽しかったこともありよく残っている。
全国区になってしまう前の、
センター街のジュンク堂で本を選んだり。

中高生の頃の神戸の記憶というと、
山一抗争で三宮の駅近くに凄い数の警官がいて驚いたこと。
怖さ半分、興味半分で一人で歩いた日などがあった。

それから、バブル期の再開発があり、
20年前の悲しい大震災があり、
随分変わってしまった神戸の街が今ある。


◎作家・陳舜臣氏が亡くなられた。

子供時代に「ものがたり水滸伝」を読んで以来、
阿片戦争」「耶律楚材」「曹操」、シルクロード旅行記
司馬遼太郎との対談、「紙の道」などのエッセイ集・・・

中国歴史物を中心にたくさんたくさん読ませていただきました。
冊数でなら、私が一番数多く読んで来た作家かもしれない。
我が脳中の中国史の知識の90%以上は、
彼の作品から得たものです。

大感謝の一言である。


◎氏はまず推理小説で名をなし、
後に歴史小説で大家になった小説家だ。

ただ、大ファンの私だったが、
初期の推理小説を手にしたのは、
随分後になってからで、震災後でした。

最初に読んだのが、どの作品だったかは失念した。
こんな事を書くのは申し訳ないが、
推理小説としての謎や謎解きの部分、人物描写などは、
それほど面白くは感じられませんでした。

しかし・・・
舞台は主として1960年代の神戸。
山の手の空気、華僑たちの生活、美術品!

自分が子供時代の70年代の後半に、
その断片を味わったかつての神戸の香りがしました。

時代小説以上に時空を超えた旅をした気分になって、
強く感激した事が忘れられないのです。


◎たぶん、東京に長く住まわれている方は、
例えば池波正太郎氏の文章に感応されたりするのだと思う。
江戸落語だったり、古い流行歌だったりにも。

それと似たような感覚です。


◎かつての神戸の香りのする文芸は他にもあるのでしょう。
でも、これまでの私にとっては、陳舜臣氏が最大の存在です。

つい先日、震災後20年の節目があり、
かつてを振り返るよい機会でもありました。

今は整然として清潔感あふれる神戸だけど、
タイムカプセルのように小説に当時の空気を詰め込んでくれた、
氏に改めて感謝を表したい。


◎そして、氏は神戸同様に、
昔の上海や台湾、シルクロードの世界の香りも、
文学として残してくれている。

私も、これらの地域に実際に足を運んで、
改めてその残り香を感じ取ってみたい、
それを踏まえてもう一度中国歴史小説を読みなおしたい、
と訃報を耳にしてから、そんな思いがこみ上げて来ています。


多くの貴重なお仕事、お疲れさまでした。
きっとまた読ませてもらいます。
安らかにお休み下さい。